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【つながりに効く、ネットワーク研究小話】vol.7 セレンディピティと社会ネットワーク

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Sansan DSOC研究員の前嶋です。「つながりに効く、ネットワーク研究小話」の第7回です。

ネットワーク研究の世界で最も興味深い研究トピックの一つが、「社会ネットワークがイノベーションやアイデアの創出に対して与える影響」です。例えば、異なる集団を仲介する人ほど、革新的なアイデアを思いつく傾向にあるという研究(Burt 2004)や、創造性にとって、集団"間"の橋渡しと同時に集団"内"の結束も重要である、といった研究(Uzzi and Spiro 2005)は有名です。

セレンディピティ

ところで、皆さんは「セレンディピティ」という言葉をご存知でしょうか。セレンディピティとは、様々な説明の仕方があると思いますが、「思いがけない偶然に出会ったり、探しているものとは別の重要なものに出会うこと、またはその能力のこと」です。科学史上で重要な発見には、多くの場合セレンディピティが関与していると言われています。

例えば、古代ギリシアの数学者アルキメデスは、複雑な形状をした黄金の王冠の体積をどう測るか?という問いに悩んでいたところ、入浴中たまたま風呂桶から水があふれる様子を見て、王冠を水に沈めた時に増えた水の体積をもとに王冠の体積を測るというアイデアを思いついた、という逸話が広く知られています。

4つの類型

Yaqub(2018)は、セレンディピティをその発生要因という観点からいくつかの類型に分けています。その類型とは、従来の理論的予測からは逸脱した現象が起きることによって発生する「理論主導型(Theory-Led)」、スキルや才能、あるいは専門性などの個人の特性によって形作られた現象の見方によって発生する「観察者主導型(Observer-Led)」、実験などで生じたエラーによって発生する「エラー生成型(Error-Borne)」、そして最後に、他者からもたらされる情報や研究者同士の緊密なチームワークによって生じる「ネットワーク創発型(Network-Emergent)」です。

ネットワーク創発型セレンディピティ

テキサス大学オースティン校の有機化学の教授であったロイストン・M・ロバーツが執筆した『セレンディピティー 思いがけない発見・発明のドラマ』という書籍の中では、セレンディピティの関与した科学的発見の事例が36件集められています。原本が1989年、日本語訳が1993年に出版されている若干古い本ですが、セレンディピティについて語る上で貴重な本です。様々な事例の中でも、特に「天然痘ワクチンの発見」と「DNAの二重らせん構造の発見」の背後には、ネットワーク創発型セレンディピティがあったことが示唆されます。

  • 天然痘ワクチンの発見

エドワード・ジェンナーは天然痘ワクチンを開発した人物です。田舎で育ったジェンナーは、19歳の時、近くの牧場で乳しぼりを生業としていた人から「牛痘にかかった人は天然痘にかからない」と教わったと言われています。ジェンナーは医師になってからもこの教えを記憶しており、これがワクチン接種法のアイデアとなったそうです(Compere 1957)。

  • DNAの二重らせん構造の発見

1953年、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックは、DNAが二重らせん構造をしていることを明らかにしました。ワトソンは、当初微妙に異なるらせん構造を想定していたのですが、それをたまたま同じ部屋で研究をしていた物理化学者のジェリー・ドナヒューに説明したところ、彼は、ワトソンらの考えた構造は化学的な法則を満たしておらず、誤っていると批判しました。このような批判によって、より正確なDNAの構造決定につながったという逸話があります。

上の2つの事例はどちらも、研究者個人では持っていないような情報が、異質な他者からもたらされたものと言えます。現代科学の世界では、コラボレーションが進み(Wuchty et al. 2008)、「誰と一緒に研究するか」というネットワーク戦略がますます重要になっています。ネットワーク型セレンディピティという観点は、研究者の持つべきつながりについて示唆を与えてくれるものでしょう。

閉鎖的なネットワークに注意

しかし、ここで注意するべきは、ネットワークの閉鎖性です。閉鎖的なネットワークは集団思考(groupthink)を誘発し、逆に視野狭窄に陥る可能性があります(Yaqub 2016)。集団思考とは、集団での議論を通して逆に非合理的な意思決定をもたらされてしまうことです。密なネットワークは集団に結束力を与えますが、それが過剰になると、集団にとって不利益をもたらす場合があります。これは、社会関係資本のダークサイド(Portes 1998)と呼ばれるものの一つです。

セレンディピティを人工的に生み出せるか?

さて、セレンディピティ的な発見を人為的に発生させることは可能なのでしょうか?

これは難しい問題です。なぜなら「予想外の発見をするために、どのような偶然が必要か」ということは、実際にその発見をするまでは、知るよしもないからです。予想外の発見が「予想外であった」ということは、発見した後に事後的に判断されるに過ぎません。

ただし、日常のルーティーンの中にはない、異質性に触れるような環境に身を晒すことは、セレンディピティ的な発見を生み出しやすくするでしょう。その一方で、むやみに様々な情報を取り入れることで、逆に一つのテーマを集中して考えることが阻害されないように注意する必要があります。情報の探索と集中的な思考のバランスが肝要なのかもしれません。

次回は、今回も少しだけ言及した「社会関係資本のダークサイド」というテーマで書きます。

【参考文献】

  • Burt, R. S. (2004). Structural holes and good ideas. American journal of sociology, 110(2), 349-399.
  • Compere, E. L. (1957). Research, serendipity, and orthopedic surgery. Journal of the American Medical Association, 165(16), 2070-2073.
  • Portes, A. (1998). Social capital: Its origins and applications in modern sociology. Annual review of sociology, 24(1), 1-24.
  • Roberts, R. M. (1989). Serendipity: Accidental discoveries in science. Serendipity: Accidental Discoveries in Science,(安藤喬志(訳)(1993).セレンディピティー 思いがけない発見・発明のドラマ. 化学同人)
  • Wuchty, S., Jones, B. F., & Uzzi, B. (2007). The increasing dominance of teams in production of knowledge. Science, 316(5827), 1036-1039.
  • Yaqub, O. (2018). Serendipity: Towards a taxonomy and a theory. Research Policy, 47(1), 169-179.

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