Sansan DSOC研究員の前嶋です。「つながりに効く、ネットワーク研究小話」の第15回です。
このブログ連載で様々な研究を紹介していると、「一番好きな社会学の論文は何ですか?」と聞かれることが多々あるのですが、毎回答えに迷ってしまいます。というのも、同じくらい好きな論文が2本あるからです。そのうち片方は、かの有名な「弱い紐帯の強さ」論文ですが、今回の記事では、もう片方の論文についてその内容を紹介します。
2004年に出版された、その論文の名前は、"Chains of Affection: The Structure of Adolescent Romantic and Sexual Networks"です。この論文が面白いのは、交際ネットワークの構造から、社会の中に潜む「暗黙のルール」を炙り出している点です。
論文URL : https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/386272
数珠つなぎの交際ネットワーク
この研究事例では、アメリカ中西部の高校の中での男女間の交際ネットワークを調査しています。調査の目的は、性感染症の拡散経路となりうるネットワークがどのよう構造なのかを明らかにし、さらにその生成メカニズムを特定することです。
従来の研究では、性感染症を拡散させるネットワークモデルは、少数の性的に活発な人びとを想定するコア・モデルや、凝集的なネットワークが少数の個人によってブリッジングされているようなモデルが通説となっていました。
しかし、調査によって得られたネットワーク構造は、ハブになっている人がいるわけでも、密なわけでもない、いくつもの枝分かれを伴った、巨大な数珠つなぎの構造でした。実際にどのようなネットワークの形状になっているか気になる方は、検索エンジンで「chains of affection network」などと検索していただくとよろしいかと思います。
シミュレーション
このネットワークの形成メカニズムを明らかにするため、研究チームは、コンピュータ・シミュレーションを行いました。
まずは、ネットワークを形成する要因をいくつか考慮したモデルを作ります。次は、そのモデルをもとに、ネットワークを大量に生成します。このように生成したネットワークの持つ特徴(最短経路長やクラスタリング係数など)が、平均的に見て、観測されたネットワークの持つ特徴に近ければ、当てはまりのよいモデルだと言えます。
初めにベースラインのモデルとして、観測されたネットワークの次数(ある人が何人とつながっているか)の分布を固定して、完全にランダムにつながりが発生するというモデルを作ります。当然、このようなモデルから生成されたネットワークは、実際に観測されたネットワークの特徴とは大幅に乖離します。大きな数珠つなぎのネットワークは確認されません。
ホモフィリーの効果
それでは、ネットワーク内の個人の属性を考慮することで、モデルを改善することができるでしょうか。ネットワーク形成の最も重要なメカニズムの一つに「ホモフィリー」があります。ホモフィリーとは、似た者同士がそうでない者よりもつながりやすい、という傾向のことを指しています。この概念については、この連載の第4回でも紹介しています。
さて、先行研究では、生徒の家族の社会経済的地位や学年などの属性に関してホモフィリーの傾向があることが指摘されていました。研究チームは、それらに加えて、交際や性交渉の経験に関するホモフィリーも考慮しました。同じくらい交際経験のある人同士は交際しやすいというわけです。
これらを考慮したモデルで、再びシミュレーションを行うと、巨大な数珠つなぎになったコンポーネントが出現しました。さらに、平均的な特徴も、観測されたネットワークに劇的に近づきました。しかし、先ほどのランダムなネットワークモデルよりも当てはまりがよくなったとは言え、一部の特徴には依然として乖離がありました。生成したネットワークが含むサイクルの数を見ると、シミュレーション値は実際の値よりも多めの値を示していました。サイクルとは、A→B→C→D→Aのように始点と終点を同じくして経路を一筆書きで辿れる構造のことを指します。
サイクルの欠如
研究チームは、「長さが4のサイクル(男性と女性2人ずつからなるネットワーク)を作らないようにする」というルールをモデルに加えました。すると、生成されたネットワークと、観測されたネットワークの差は、どのような特徴から見ても、ほとんどなくなりました。仮に完全異性愛を前提とした時、つまり男女間のみの交際や性交渉のみ観測されているとすれば、最小のサイクルは長さ4のサイクルです。長さ4のサイクルは、この高校という社会の中では、ある種の「禁忌」として働いているのです。
しかしながら、このサイクル構造がないことに、どのような意味があるのでしょうか?「長さ4のサイクルの欠如」とはつまり、「前に交際していた人の今の交際相手の前の交際相手とは交際しない」ことを意味しています。これを、A(男性)・B(男性)・C(女性)・D(女性)という4人の関係性を例に説明してみましょう。AとCはかつて交際していたが、今は別れてしまった。同様に、BとDは、かつて交際していたが、今は別れてしまった。このような状況で、BがCと交際し始めたとします。この時、長さ4のサイクルが作られないということは、AとDが交際しないということに対応します。
隠れていた規範
では、何故サイクルが作られないのでしょうか?研究チームによれば、それは、サイクルを完成させてしまうと、そのペアの集団内での「地位」が低下するためです。どういうことでしょうか。先ほどの例で言えば、AとDが交際すれば、長さ4のサイクルを完成させることになります。ですが、AとDの元交際相手は、既に互いに新しい交際関係を作っています。もし、このような状況下でAとDが交際することは、「既に新しい交際相手のいる異性に振られた者同士で付き合う」ことになり、ある種の負のレッテルとして機能してしまうというわけです。
確かに、私たちの生きる社会でも、このようなルールがあることは「言われてみれば」なんとなく理解できます。しかしながら、この規範を明確に意識している人は、数少ないでしょう。仮に、人々に「交際相手を選ぶ時に気をつけていることはありますか?」と尋ねてみたところで、このような規範が明らかになることは、あまりないかもしれません。
人と人の間にあるルール
このようなルールは、目に見えず、普段意識することもない、隠れた規範です。それは「人と人が接する時にだけ」姿を現します。この論文を読み返すたびに、社会ネットワーク研究の醍醐味は、人と人の「間」にありながら、確実に人を動かしている何かを見つけることにあることだと思うのです。
【参考文献】
- Bearman, P. S., Moody, J., & Stovel, K. (2004). Chains of affection: The structure of adolescent romantic and sexual networks. American journal of sociology, 110(1), 44-91.
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