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【つながりに効く、ネットワーク研究小話】vol.8 「信頼」か、「しがらみ」か?――社会関係資本のダークサイド

f:id:s_yuka:20181211105445j:plain Sansan DSOC研究員の前嶋です。「つながりに効く、ネットワーク研究小話」の第8回です。

4月も終わりに差し掛かり、新しく出会った人たちとの「よそよそしさ」も抜けてきて、代わりに「親しみ」が顔を覗かせる頃ではないでしょうか。

はじめに:社会関係資本とは

親密な関係性はある種の利益をもたらします。社会関係資本(social capital)とは、信頼や互酬性の規範、ネットワークのことです。その定義は論者によって様々ですが、「人々の関係性から何らかの利益が創発する」という共通したコンセプトを持っています。

社会関係資本は、それを「保有」する主体が誰かによって、3つのレベルに分けることができます。各レベルについて、利益をもたらす条件と主な論者(とその主著)を整理します。

  • ミクロ(個人)レベル
    • 条件:ネットワークによってアクセスできるリソース、ネットワーク上のポジション
    • 主な論者:ナン・リン『ソーシャル・キャピタル―社会構造と行為の理論』、ロナルド・バート『競争の社会的構造―構造的空隙の理論』)
  • メゾ(集団)レベル
    • 条件:集団内部のネットワークの疎密、特定化された信頼
    • 主な論者:ジェームズ・コールマン『社会理論の基礎』
  • マクロ(国家・地方自治体)レベル
    • 条件:集団同士の織りなすネットワーク、一般化された信頼
    • 主な論者:ロバート・パットナム『哲学する民主主義』『孤独なボウリング』

今回の記事では、主にメゾレベル、つまり、集団内部での社会関係資本の持つ負の側面について紹介します。

社会関係資本のライトサイド

まずは社会関係資本の「良い面」に触れておきましょう。言うまでもなく、チームの結束力はパフォーマンスを底上げします。BNLの記事でも紹介している通り、ジェームズ・コールマンは、密で閉鎖的なネットワークが集団内の信頼を醸成したり、規範を強化すると論じています(Coleman 1988)。さらに最近では、そのような凝集的なネットワークは、新規性の高い情報をより多く流通させることにも役立つことも示唆されています(Aral 2016)。

また、社会関係資本は健康に対しても良い影響を及ぼすことが知られています。タバコを吸わないように心がけることは個人の営みですが、「路上喫煙禁止」といった健康に関わるルールの策定やその監視は、個人間の協力が必要な社会的営みであるからです(Villalonga-Olives and Kawachi 2017)。健康という一見とても「私」的な事柄に対して、個人を超えた「つながり」が影響するというのは、非常に興味深い現象です。

社会関係資本のダークサイド

しかし、集団の保有する社会関係資本には、負の側面も存在します。この負の側面に初めて言及したのが、アレハンドロ・ポルテスです。ポルテス曰く、社会関係資本には次のような負の側面があると考えられます(Portes 1998)。

外部者の排除(exclusion of outsiders)

エスニック集団や職業集団など、同じような属性を共有した集団が強いつながりを持っていると、異なる属性を持った人々を排除するように作用する場合があります。

集団メンバーへの過度な要求(excess claims on group members)

互酬性の規範が強い集団の場合、メンバーのうちの誰かが(例えば経済的に)成功した場合、その人に次々と職の斡旋や金銭的援助を無心する人々が現れることがあります。

個人の自由の制限(restrictions on individual freedoms)

コールマン流の議論によれば、密で閉鎖的なネットワークによって社会規範が強化される理由に、監視コストが下がることが挙げられますが、それはプライバシーの侵害や規範の押しつけを招き、個人の自由を制限するという事態にもつながります。

下方平準規範(downward leveling norms)

集団の中には、主流の社会規範への反抗心によって共同性が担保されているような集団も存在するかと思います。そのような集団では、メンバーの成功を阻害するような振る舞いがしばしば観測されます。結束が強すぎると「一抜け」を阻止しようとすると言ってもよいでしょう。

最近、組織コミュニケーションという観点から見た社会関係資本の負の側面に関してレビューした論文が出ています(Pillai et al. 2017)。著者らは、「個人的学習の禁止(the inhibition of individual learning)」「構造的調整の先延ばし(the postponement of structural adjustments)」「企業の境界の曖昧化(the blurring of firms’ boundaries)」といったデメリットを挙げています。詳細が気になる方は、元論文を参照してみることをお勧めします。

「信頼」と「しがらみ」のあいだで

健全な社会関係資本は信頼を生み、集合的行為を効率化する作用があります。しかしながら、「信頼」が「しがらみ」に転化する恐れも、否定できません。社会関係資本の「腐敗」に特徴的なのは、閉鎖性が高いが故に外部の視点が供給されず、腐敗していることそれ自体に気づきにくいことでしょう。

重要なのは、「閉鎖」と「開放」のバランスです。結束的なチームのパフォーマンスを長期間持続させたい場合、別のクラスタへの橋渡しの回路を意識的に用意しておくか、あるいは近年になってロナルド・バートが提案しているように、周期的に閉鎖と開放のモードを切り替えることが必要かもしれません(Burt and Merluzzi 2016)。

【参考文献】

  • Aral, S. (2016). The future of weak ties. American Journal of Sociology, 121(6), 1931-1939.
  • Burt, R. S., & Merluzzi, J. (2016). Network oscillation. Academy of Management Discoveries, 2(4), 368-391.
  • Coleman, J. (1988). Social Capital in the Creation of Human Capital. American Journal of Sociology, 94, 95-120.
  • Portes, A. (1998). Social capital: Its origins and applications in modern sociology. Annual review of sociology, 24(1), 1-24.
  • Pillai, K. G., Hodgkinson, G. P., Kalyanaram, G., & Nair, S. R. (2017). The negative effects of social capital in organizations: A review and extension. International Journal of Management Reviews, 19(1), 97-124.
  • Villalonga-Olives, E., & Kawachi, I. (2017). The dark side of social capital: A systematic review of the negative health effects of social capital. Social Science & Medicine, 194, 105-127.

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