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【つながりに効く、ネットワーク研究小話】vol.3 出会わせない、が、世界史を変えていた

Sansan DSOC研究員の前嶋です。「つながりに効く、ネットワーク研究小話」の第3回です。前回まではmimiブログで連載していましたが、今回からはSansan Builders Boxに移ります。本連載は直接的に技術を解説するものではないですが、「人と人とのつながりに対してテクノロジーはどう関われるか」を考える上で、有益な知識を提供できるのではないかと思っていますので、引き続きお付き合いいただけると幸いです。

第1回「切れやすいつながりの見つけ方」
第2回「つながりと性格の深イイ関係」

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出会いの「構造」が歴史を変える

 「出会う、が、世界を変えていく」。これがSansanのコーポレートメッセージです。

 しかし、このような壮大なメッセージとは裏腹に、実際の人と人との出会いというのは、往々にして「地味」なものです。大国の首脳会談でもない限り、初対面の人同士の出会いにあるのは、派手なドラマではなく、手短な自己紹介や他愛もない世間話でしょう。

 一方、そうした小さな出会いが、いつしか大きな「うねり」を生み、世界を変えるような物事を作り上げることがある、というのもまた事実です。EightのオウンドメディアBNLでも、「出会う、が、世界を変えた」をテーマに、歴史を動かしたビジネスの出会いを紹介しています。

 今回の記事でも、「つながり」が世界の歴史を変えた事例について紹介しますが、少し変わった視点を提供しようと思います。それは、”誰”と出会ったか、ではなく、出会いが織りなすネットワークの”構造”が大きな結果をもたらすこともある、という見方です。なかでも今回のキーワードは「出会わせない」ことです。

メディチ家の「出会わせない」ネットワーク戦略

 少し古い研究になりますが、イタリア・ルネサンス期に隆盛を誇ったメディチ家の成功の理由を、ネットワーク理論から解き明かした論文があります(Padgett and Ansell 1993)。15世紀初めのフィレンツェでは、少数の有力家による寡頭政治が行われていました。しかし、ある時からメディチ家が徐々に権力を掌握し、中央集権的な体制を構築することに成功しました。では、なぜこのような転換が起きたのでしょうか? 研究によれば、メディチ家による「出会わせない」というネットワーキング戦略がその大きな理由だったといいます。

 研究では、史料をもとに、婚姻関係やパトロン-クライアント関係、貿易関係といった多種多様なつながりを特定し、当時のフィレンツェにおいて有力だった家同士のネットワークを構築しました。すると、メディチ家は様々な家の中でも特にハブの役割を担っており、自転車のスポークのような、放射状に伸びたネットワークを持っていたことがわかりました。さらに、メディチ家を中心とする党派の中にいた家同士は、互いに切り離されており、メディチ家を経由することでしかつながれないような構造になっていました。

 このような構造は、党の中でメディチ家を裏切るような「共謀」をしにくくするという利点をもたらします。メディチ家を支持する一派の中でのコミュニケーションが、メディチ家を経由しないと成り立たなくなるためです。

つながりの使い分け

 では、この構造がなぜ維持されたのでしょうか。それは、メディチ家が「つながりの種類」を巧妙に選んでいたためです。メディチ家は、地理的に遠くの上流階級の家と婚姻関係を結びつつ、地理的に近くの新興勢力とは経済関係を結んでいたのです。こうすることで、メディチ家と関係を持つ勢力同士を「出会わせない」ことに成功したのです。

 一方で、当時寡頭政治を担っていた他の貴族たちは、とても密なネットワーク構造を形成しており、婚姻関係と経済的関係は、しばしば同時に結ばれていました。これは、互いに共謀するリスクを増やし、逆に統制が取れないという事態につながっていました。

 一見すると、密なネットワークのほうが結束を強めるため、良いネットワーク構造と思われるかもしれませんが、メディチ家が形成していた疎なネットワーク、つまり、つながっている人同士が互いに切り離されているネットワークのほうが、実は共謀を防いだり、誰がリーダーかが明確になったりするため、効率的な支配体制が構築できるのです。

構造的空隙

 ネットワーク理論には「構造的空隙(ストラクチュアル・ホール)」という概念があります(Burt 1992)。これは、経営学者のロナルド・バートが提唱した概念で、互いにつながっていない人同士を仲介することで、様々なメリットが得られるというものです。そのメリットの1つに「統制利益」があります。統制利益とは、互いにつながっていない人同士を仲介したり、競わせることで、漁夫の利的に得られる利益のことを指します。この概念についての詳細な解説は、DSOCの西田による記事もご参照ください。

 今となっては、メディチ家のようなネットワーク戦略は、少し殺伐に映るだけでなく、実現が困難となっています。というのも、多様なコミュニケーション手段が使用可能な現代では、遠隔地だからといって、互いにつながっていない状態を維持させるのは現実的ではないからです。むしろ現代では、ネットワークを密につなげていくことでイノベーションを加速するほうが重要であると主張する研究者もいます(詳しくはBNLに寄稿した解説記事もご参照ください)。

さいごに

 ここまで、歴史的な事象に対するネットワーク理論の適用事例を見てきました。歴史研究というと、「古文書を読み解く」といった風景を想像される方がいるかもしれませんが、近年では、計算社会科学的な歴史研究が盛んに行われるようになってきているなど、実はとても多彩なアプローチが可能な領域なのです。

 次回は「『類は友を呼ぶ』の科学」というテーマで書きます。社会ネットワーク形成にとって最も重要なメカニズムである「ホモフィリー」についてご紹介します。

【参考文献】
Burt, R. S. (1992). Structural holes: the social structure of competition. Harvard University Press.
Padgett, J. F., & Ansell, C. K. (1993). Robust Action and the Rise of the Medici, 1400-1434. American journal of sociology, 98(6), 1259-1319.

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