Sansan Tech Blog

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【R&Dアーキテクト】公立はこだて未来大学で講演してきました

 はじめまして*1、DSOC R&Dチームで「R&Dアーキテクト」をしている島といいます。札幌ラボに勤務しています。

 アーキテクトではありません。R&Dアーキテクトです。そのわけは後述します。

 この度、私の母校である「公立はこだて未来大学  *2」にて、オープン技術特論という講義の講演をしてきました。主なテーマはR&Dアーキテクトについてです。以下、ご紹介します。

 発表資料はこちらです。

speakerdeck.com

きっかけ

Sansanとのつながり

 当社SansanでVPoE*3を務める宍倉から、今回の講演の依頼を受けました。会社として講義のスポンサーとなるかたちで、1コマ分の時間を頂きました。

 実は宍倉と函館へ向かうのは初めてではありません。2年前に、もう1人Eight事業部の藤井と3人で、各々自腹を切り休暇を取ってまでして行きました。Railsハンズオンです。 

techplay.jp

 その後も、以下のものなど数回のイベントがありました。優秀な学生が多いこと、また宍倉はじめ函館と未来大学を気に入るSansan関係者に支えられ、交流が続いています。

 

個人的な繋がり

 このほかに一度講演をしたことがあります。大学の恩師からの依頼でした。

http://www.ieice.org/hokkaido/2015/kouen/kouen_h26.html

日時 平成26年2月12日(水)16:30〜18:00
場所 公立はこだて未来大学 R791講義室
演題 名刺データ化を支える画像処理技術
講師 島 貴宏 氏 (Sansan株式会社)
主催 電子情報通信学会北海道支部学生会

概要 名刺管理という古くて新しい課題から、世界を変える新たな価値を生み出すSansan。その根本である名刺のデータ化を支える画像処理技術について紹介します。

 入社して日が浅い頃でしたが、話せるだけの技術や業務等に関して説明しました。

 それから約5年。私の業務や役割、R&Dを取り巻く環境も、変わりました。当時はR&Dアーキテクトなど名乗っておらず、そもそもR&Dの正社員は私ひとりで、とにかく片っ端から新規開発していました。それが今やどうなったか、このあたりが今回の講演のテーマでもあります。

 

発表について

 詳細は上記の資料や、R&Dアーキテクト通信 をお読みください。ここでは要点や、資料には書いていない思いなどをまとめます。

テーマ設定

研究の詳細といった技術的な話には踏み込まず、R&Dアーキテクトという業務の紹介を主に行いました。

R&Dアーキテクトは、研究を主に行うメンバーに対し、製品化につなげるために開発や運用周りなどをサポートする立場です。巷で言われるアーキテクトとはおそらく異なります。研究分野の事情も知った上で、現実的な設計・開発のあれこれをサポートします。

R&Dアーキテクト創設以前

  R&Dの成果物の多くは、WebAPIのかたちでマイクロサービスとして提供され、フロントエンドサービスから呼び出されます。1サービスにつき主担当が1人付き、開発します。

 次第にサービスが増え、実装が肥大化し負の遺産ばかりになりました。マイクロサービスアーキテクチャに不慣れで、開発体制はモノリシックから抜け出せない面が多いものでした。しかしながらSansanは急成長を続け、それを支える名刺データ化オペレーションのR&Dも新規案件に追われ、改善は空き時間を狙って行う程度でした。

 レガシーさが増すと、他人に紹介する際に恥ずかしくなるもので、採用面接などで話す際や新たに入社してくる人に説明する際など、「どうも古臭くて...すみません」と言うことが度々になります。実装だけではなく、より良い設計を考えたり、リリース後のKPI取得、名刺処理量逼迫によるスケールアップなど、開発以外の案件も様々増えていき、対応に追われていきます。レガシーだとなおさら負荷が増します。

 しかし、そういった「裏方」の仕事は、新規研究開発案件に比べて手を付け難いものです。理由は大きく2つあり、1つは先に述べたように、そもそも成長フェーズで新規案件だらけということがあります。もう1つとして、「裏方」案件は会社からの評価も芳しく無いのではないか、と考えてしまいます。開発環境をキレイにしたところで別にSansanの成長に直接は結びつきませんが、高精度なOCRを作れたら会社からの評価は高そうではありませんか?

 会社からの評価というのは、自分のキャリアの問題と言い換えることも出来ます。こんな泥臭い仕事ばかりでキャリア大丈夫?と心配になるものです。

R&Dアーキテクト創設以後

 R&Dアーキテクト職が作られたことで、おおっぴらにそのような新規研究開発以外の業務をこなすことについて会社のお墨付きを得たということが、一番の価値であったと思います。それと同時に担当の自分自身としても、迷いが減ります。

 2015年に、現在共にR&Dアーキテクトを務める鷹箸が新卒で入社しました。CI(継続的インテグレーション)によるテスト・デプロイの自動化をはじめとした効率化や基盤の刷新が、それを機に進み始めました。R&Dアーキテクトの創設は、この延長線上にあります。

 始めに最も力を入れて取り組んだのはR&D全体の実装のモジュール化 (NuGetパッケージ化) で、これにより実態モノリシックだったマイクロサービスごとの実装が分かれて個別に開発を進められるようになり、ようやくマイクロサービスの面目躍如となりました。

 社内的にも、従来「何となく知ってそうだし島さんに...」と問い合わせが来ていたのが、「これは基盤を統括しているR&Dアーキテクトの島さんに」と、仕事を依頼しやすくなったようです。また対外的に、業務の説明のしやすさも感じます。

 将来的には、世間一般で言う「アーキテクト」の職種に昇華するべきなのだろうかとは、ぼんやり考えます。R&Dアーキテクトは、自身もまだ研究員として籍を残しつつ手助けをしている感じからは何だかんだ抜け出せておらず、さらにメンバーが増えると回らなくなるのかもしれません。しかし今のところは、資料にもあるように"研究要素に疎い"開発担当が研究者と組んで成果を出す流れをイメージできず、現段階では「R&Dアーキテクト」こそが良いあり方であると捉えています。

 先に述べたキャリアの問題については、R&Dアーキテクトと名がついたところできれいに解決するわけではありません。しかしながら、現場で必要とされている実感は間違いなくあり、それはつまり会社からも世の中からも必要とされるに違いない、と考えています(そう思い込むことにしています)。

話したかったこと

 大学4年から博士前期1・2年が受講生です。私も10年ほど前には同じくこの講義(オープン技術特論)を受講しました。

 技術的なことは、大概は調べればいくらでもわかります。当時自分が知りたかったのは、現実の会社で研究開発がどのように行われているかでした。当時私は研究開発をするような進路は全く考えていなかったのですが、それはそもそもその世界を知らなかったからのような気がします。

函館は、良くも悪くも隔絶された地で、どこに行くにも時間がかかります。街にもあまり遊ぶ場所は無く、冬は雪に閉ざされます。私はそれでひたすらIT技術にのめり込めたのかもしれません。(東京に出ていたら遊び呆けていたでしょう。)

技術の強みにプラスして、現実の会社のことを知る機会ができれば、最高ではないかと思います。その一助になればとの思いで話して参りました。

講演を終えての所感

 学生の皆さんからのご質問は鋭いものが多く、それなりに興味を持って聞いて頂けたのかと勝手に思っています。研究開発エンジニアの評価について、GitHubを定着させるまでのこと、名刺データベースを対象とした研究のほかの例、などの質問がありました。

 資料作成では、特に現状のR&Dチームの研究内容把握とそのまとめに苦労しました。メンバーは20人を超え、その業務は多岐にわたります。もはや全員のことをしっかり理解している者は、上長含め誰もいないかもしれません。それなのに、「R&Dアーキテクトは、多くの研究者が抱えるテーマを把握してそれに助力する」と説明するわけです。全然できていないという思いを持ちつつまとめました。

 資料の最後は苦労話を連ねて終わってしまった状態で、これでR&Dアーキテクトを目指そうと思うはずもないような感じがします。書きそびれたプラスの面については大きく2つあります。1つは、多くの人に感謝されやすく、それがモチベーションになります。もう1つは、薄く広く多くの技術を知ることができます。現場でとても求められている職種なのは間違いないと思います。

旅行記

まじめなのはここまで。以下特に価値は無いですが、たくさん撮影してしまったので載せます。

往路

仕事を昼過ぎで切り上げ、特急スーパー北斗で函館に向かいました。学生時代に50回以上乗った、勝手知ったる道のりです。

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 3時間45分ほどかけ、函館駅です。今シーズンは記録的に雪が遅い年で、12月5日時点では札幌も函館もほとんど雪はありませんでした。

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 ちょっとつまらないので、おととし来た時の画像も貼っておきます。

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私は鉄路で、宍倉VPoEは羽田から空路で来ました。合流し、夜は活イカです。透き通るこの色。最近は不漁でなかなか食べられないといいます。

目玉も食べます。噛むと冷たい水が出てくる感触がします。

私は元々海鮮が苦手でしたが、函館6年の生活で食べられるようになりました。

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 ほっけの刺身。道民でもなかなか食べないと思います。

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大学到着・発表

一泊し、翌朝に公立はこだて未来大学へ向かいました。その前に、函館と言えば朝市。

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二食連続海鮮、とても痛風を推進しています。


その後大学へ向かいます。函館駅からはバスが1時間に1本くらい出ていて、1時間弱かかります。

ちなみに2018年6月から、函館バス・市電でイカすニモカというICカードが使えるようになり、Suica等とも互換があります。ピッと乗れて感激しました。

 

ようやく着きました。山の上の、何もない場所です。函館山までストレートに見えます。

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これも、この時期なら本当はこんな感じです。

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大学構内の写真です。久々に来るとやはり斬新です。

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講義した部屋の写真です。部屋がコンパクトでまだ良かったですが、緊張しますね。

資料作りも大変で、夜なべしました。大学の先生はすごいと今更思います。

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復路

無事講義を終えたのは16:30ごろ。そそくさと大学を後にし、18時前にはまたスーパー北斗です。2編成同時に見られるので、鉄分が高い人にはおいしい時間帯です。左が最近配備された261系、右は281系でしょうか。

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帰る頃から雪が降り始めました。この日以降、遅れていた冬がやってきて、雪が積もっていきます。

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途中、白老付近にて鹿に衝突、「鹿の除去を行っています」という考えさせられるアナウンスが繰り返されました。苫小牧でも再び止まり、そんなこんなで札幌まで5時間ほどもかかりました。そんな試される大地です。

 

またいずれ、よろしくお願いします。今度は飛行機で。

*1:過去、R&Dアーキテクト通信 と題した連載がありました。しかしこれは、私は影の実力者として暗躍したかったので、代わりに書いてもらっていました。今回初めて露出します。

*2:しばしば「はこだて未来大学」と、公立を抜いて書かれてしまいますが、当大学関係者は非常に気にします。セットなので絶対に公立を抜かないでください。 

*3:https://jp.corp-sansan.com/news/2018/cto_vpoe.html

*4:どれも公立が抜けていますね。けしからん。

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