こんにちは、Sansan DSOC 研究員の西田です。
最近は、外に出れずせっかく購入した春夏物が着れないので、かわりに在宅勤務時には香水をつけて気分を高めています。
次のパリコレは無事に開催されることを祈っています。
さて、前回の記事では、Computational Creativityについて解説し、人間がAIを活用しながら、イラストを描くタスクにおいて、いかにクリエイティビティを高めていくのかという実験を紹介しました。前回の結果では、コンセプトの変化を促すようなサジェストを行うと、思いつかなかったデザインにヒントをもらい、ユーザー自身が考えるものと異なるデザインを描くようになり、クリエイティビティが高まるということがわかりました。
前回の実験は、やや実務とは差のあるタスクだったと思われます。そこで、今回はより実務に近いタスクを題材としたCo-Creative Systemの研究をご紹介したいと思います。
誰でもデザインできるようになるシステム
今回ご紹介する論文は、Quanz et al(2020) "Machine learning based co-creative design framework"*1です。彼らは、機械学習のシステムをいくつも組み合わせてユーザーのクリエイティビティを高めるフレキシブルなCo-Creative Systemを提案し、香水のパッケージをデザインするタスクでのユースケースを紹介しています。彼らは約25,000件の香水ボトルの画像データを収集し、このシステムを開発しました。
彼らのシステムのアウトラインは下図の通りです。システムは、Creator, Evaluator, Iteratorの大きく3つに分けられます。
フローとしては、
ユーザーの何かしらのインプットをベースにデザインを生成し、(Creator)
そのデザインをインプットとして、コストや売り上げ等の指標を予測してユーザーの選好を評価し、(Evaluator)
提案されたデザインに対するユーザーフィードバックをもとにデザインを生成し直し続けて、(Iterator)
ユーザーを支援していきます。
それぞれのステップを詳しく見ていきます。(機械学習のタスクが複数応用されているため、各ステップの詳細は割愛します。)
Creator
デザインを生成するCreatorでは、おなじみのアルゴリズム、GAN(Generative Adversarial Network)を用いて、様々なデザインを生成していきます。GANについて、知りたいという方はこちらをご覧ください。
デザインの提案を受けるためのインプット形式はいくつかあります。
例えば、ベースとなるデザインのスケッチや画像をいれるケースやベースのデザインを元にスタイルを変換していくことで新しいデザインを生成するアルゴリズムも利用できます。デザインを考える時には、間違いなく「XXみたいな雰囲気のもの」などとアイデアを出していくと思うので、効率的に新しいデザインを探索できそうですね。
Evaluator
Evaluatorでは、いろんな観点でデザインを評価するものです。
例えば、過去のデザインとその製造コストのデータがあれば、デザインの特徴量を元にコストを評価できます。消費者によりウケるデザインを探したいのであれば、売り上げやSNSでどれだけリアクションがついたのかというデータと合わせて予測モデルを作っておくことで、デザインだけでない評価軸が加えられます。今回のケースだと、具体的にコスト等の評価はしていないですが、デザインの形状や色などの特徴量を抽出し、ユーザーのフィードバックと合わせて、ユーザーの選好を推定しているようです。
Iterator
Iteratorでは、UI上に提案されたデザインを並べ、ユーザーのリアクション(ユーザーがデザインを選択する行為)を元に、提案するデザインを更新していきます。
著者らは、下記の5つのアルゴリズムを準備しています。
- RAND: Creatorの生成モデルから、推定したユーザーの選好をベースに重みをつけつつ、ランダムにデザインを提案する
- EXPLOIT: Creatorの生成モデルから大量にデザインを生成し、そのデザインをEvaluatorにかけて、ユーザーの選好に最も合うデザインを提案する
- THOMPSON: 強化学習のアルゴリズムを応用し、ユーザーの選好に沿うようにデザインを提案する
- NN: 過去(前回)、ユーザーが選択したデザインに類似するデザインを元に新しいデザインを提案する
- EVERYTHING: RANDから4つ、EXPLOITから1つ、THOMPSONから9つ、NNから4つのデザインを生成し、提案する
AIを使って、香水ボトルをデザインする
著者らは、デザイナーでない被験者13名(男性7名、女性6名)を集め、上記のシステムを用いて香水のボトルをデザインする実験を行いました。タスクの内容としては、デザインする香水の説明をランダムで渡し、そのコンセプトにあうボトルをつくるというものです。例えば、「甘くて、フルーティーでガーリーな香水」といったコンセプトなどなどです。(個人的に苦手な香水ですね!笑)実験では、5回アルゴリズムから提案を受け、ユーザーが採択したデザインはいくつあったのかでアルゴリズムを評価しています。
ユーザーが平均いくつのデザインを採択したかを見たのが下図です。
回数を重ねるごとに、ユーザーの選好をアルゴリズムは捉えていくことがうかがえ、うまくいっていますね。
加えて、5段階で評価する主観的な質問を3問行い、アルゴリズムを評価しています。質問と結果は以下の通り。
- クリエイティブで新しいデザインをつくるプロセスにおいて、このシステムはどれくらい役に立ちましたか?→平均点: 4.19 ± 0.38 (平均点±標準偏差)、4以上の回答割合: 100%
- タスクに関連するデザイン候補を見つけるために、このシステムはどれだけ役に立ちましたか?→平均点: 4.31 ± 0.60 、4以上の回答割合:92.3%
- どれくらいこのシステムがデザインを探索し、クリエイティビティを刺激するのに役立ちましたか?→平均点: 4.00 ± 0.61、4以上の回答割合:76.9%
概ね良い結果が得られています。3問目がこの中で最も評価が低いですが、ユーザーの選好を捉えるシステム故に、目新しいデザインが提案されづらくなってしまった可能性がありますね。
ユーザーの声としては、スケッチからデザインを提案してくれる点が役立ち、大幅に制作時間を削減できたという声が挙がっています。目新しいデザインを提案してくれたという声もある一方、上記で見た通り、似たようなデザインばかり提案されたという声もありました。
論文に掲載されている画像を見ても、直感的に精度が高そうだと感じたのでこの結果には納得しました。
ちなみに、リアルで私が選択した香水はこのようになります!笑
全て香りにコンセプトがあり、説明したいのですが、とても長くなるのでやめておきます。
非デザイナーのマーケターの方などがさくっとデザインできるようになれば、マーケターとデザイナーとのコミュニケーションもより質の高いものになりそうだなと思います。さらに、前々回の記事で見た通り、競争の効果でデザイナーもAIに負けじとより目新しいデザインを生み出すかもしれません。人類のクリエイティブの底上げにより、デザイナー自身も進化していきそうですね。
一方で、デザイナー目線でも優れたデザインであるのかは気になりました。専門家と非専門家が捉えるクリエイティビティにはどのような差があるのか。その本質を明らかにできればアルゴリズムも大いに進化させられそうです。このブログで日々研究を追いかけ、その問いを明らかにしていきたいです。
今回は、ここまで。次回のテーマは未定ですが、クリエイティビティの本質に迫る研究を紹介したいと思います。
過去記事もご覧ください!
▲The Prism of Creativity ▽ vol.7 機械と協働してクリエイティブに<機械学習編>
▲The Prism of Creativity ▽ vol.6 競争とクリエイティビティ<計算社会科学編>
▲The Prism of Creativity ▽ vol.5 未来から考えよう<心理学編>
▲The Prism of Creativity ▽ vol.4 ハイブリッド型ブレインストーミング<心理学編>
▲The Prism of Creativity ▽ vol.3 孤独とクリエイティビティ<心理学編>
▲The Prism of Creativity ▽ vol.2 開放性というバロメーター<心理学編>
▲The Prism of Creativity ▽ vol.1 学問というプリズム
*1:Quanz, B., Sun, W., Deshpande, A., Shah, D., & Park, J. E. (2020). Machine learning based co-creative design framework. arXiv preprint arXiv:2001.08791.